沿革

全大協のあゆみ(年表)

  • 1957年米国から「BEARフレーム修正機」を輸入。全国の大型自動車修理工場10数社が導入し、修正機の使用研究・技術向上を図るためBEAR会を結成。
  • 1979年4月20日岩崎自動車・岩崎貫一氏を初代会長として、全国の大型自動車の車体整備・架装を専業とする31社の代表が集結し「全国大型自動車整備工場経営協議会」(通称:全大協)を設立。東京鉄道会館ルビーホールにて創立総会を開催。
  • 1979年12月富山県・ワタヤ自動車の綿谷社長を中心に「中型車・大型車標準作業時間参考資料」を出版。
  • 1986年アメリカ・サンフランシスコ国際トラックショーとベイエリアの工場視察を皮切りに、年1回の海外視察研修を開始。
  • 1994年スカンジナビア研修でスウェーデンのボルボ工場を見学。小型貨物車の参考資料を作成。
  • 2017年柳沼ボデー工場の柳沼社長を委員長に工数委員会が発足。日本工業規格 JIS Z8141:2001 を取り入れた算定資料作りを開始。12月にトラックメーカー4社の旧工数を網羅した算定資料と、いすゞGIGAをイラスト入りで刷新した参考資料を発刊。
  • 2019年1冊で1社を掲載する参考資料として、日野自動車編(小型・中型・大型)を発刊。
  • 2020年三菱ふそうトラック編を発刊。
  • 2022年いすゞ自動車・UDトラックス編を発刊(令和4年11月)。

日本のモータリゼーションと全大協の歴史

全国大型自動車整備工場経営協議会の活動をご紹介するにあたりまして、日本のモータリゼーションの変遷と全大協の歴史を振り返ってみます。

世界のモータリゼーションは、1880年ベンツがガソリン車を製造したことに始まります。1908年にアメリカではT型フォードが発売され、イランで中東初の油田も発見された年でもあり、この年はこれから始まるモータリゼーションの発展を予兆させる記念すべき年であったと思います。

1912年日本のモータリゼーションは、T型フォードの発売から4年後の大正元年田健次郎(D)・青山禄朗(A)・竹内明太郎(T)が出資し、快進社自動車工場を設立。橋本増次郎が車輪・タイヤ・プラグ・ベアリング以外すべて国産のダット(DAT)1号を製造したことに始まります。

トラックの歴史は、1916年石川島播磨造船所が自動車製造を企画、1918年に英国ウーズレー社と提携し、車両の販売権と製造権を取得しました。1936年伊勢神宮の五十鈴川にちなんで命名された「いすゞ」が空冷式ヂーゼルエンジンDA4型・DA6型を完成させました。1938年(昭和13年)「いすゞ」がついに国産初のTX40型トラックを完成させました。同年に「三菱ふそう」もY6100AD型ヂーゼルエンジンを完成させました。1941年「三菱ふそう」がYB40型2Tトラックを製造します。

1942年「日野自動車」は、ヂーゼル自動車工業の日野製造所が独立して、日野重工業を設立しましたが、国策により戦車の製造を始めます。1946年「日野自動車」は、第2次世界大戦終戦後民需に転換し、日野産業に改名してトラック・バスの製造を始めることになります。1950年に「日産ヂーゼル」の前身、民生ヂーゼルがダットサントラック4146型を製造し、国産トラックメーカーが4社体制になりました。

1960年には東京オリンピックの準備や黒部ダムの建設などで大量の物流や重量物の運搬が必需となり、いすず自動車はTX型ボンネットトラック、三菱ふそう自動車はT330型ボンネットトラック、日野自動車は積載重量が13.5Tの国産初のZG13型キャブオーバー重ダンプ、UDトラックは6TW型ボンネットトラック等など、各メーカーがこぞって大型車を開発し、本格的なトラック輸送時代の先鞭をつけました。

街には車両があふれ交通渋滞が日常化、大気汚染も社会問題となりました。アメリカでは1962年にガソリン車のCOを数値化した濃度規制が制定され、1970年マスキー(大気清浄)法が施行、1973年にはHCやNOXの数値も規制の対象に加わりました。1992年にはヨーロッパでユーロ1規制が施行され、段階的に2014年のユーロ6まで厳しい数値目標が立てられました。日本では1966年にガソリン車CO濃度規制に始まり、1973年にHC・NoX規制も加えられ、1978年には世界で最も厳しい排気ガス規制法を制定、2009年にはポスト新長期規制、2018年にはポストポスト新長期規制が施行され、車両の構造が劇的に変化していきました。

1972年に田中内閣が誕生し、日本列島改造計画の中、日本中に高速道路網と新幹線網がみるみる張り巡らされていきます。大型トラックも各メーカー積載面積の取りやすいキャブオーバートラックが主流になり、物流におけるトラックの役割が益々増えていきました。トラック輸送の需要に伴い急速にその台数を増していき、それと比例して車の損傷や事故など、負の側面も確実に増えていきます。車両保有者は事故時の金銭的なリスク負担を軽減するため対人・対物・車両保険の加入が一般的になりました。車両の大型化と目覚ましい技術開発により、精度の高い修理技術も要求されるようになりました。

1957年、大型修理業界は世の中の要求に応えるため、アメリカから「BEARフレーム修正機」を輸入しました。事故などで損傷したトラックのベースであるメーンフレーム修正の正確を期すため、昭和32年全国各地の大型自動車修理工場10数社が導入しました。その10数社が修正機の使用研究・技術向上を図るためBEAR会を結成しました。

1979年(昭和54年)4月20日、岩崎自動車・岩崎貫一氏を初代会長として、日本全国から大型自動車の車体整備・架装を専業とする31社の代表が集結し、「全国大型自動車整備工場経営協議会」(通称:全大協)として会を設立させました。同年、東京鉄道会館ルビーホールにて創立総会を開催しました。

主な活動として、富山県・ワタヤ自動車の綿谷社長を中心に、いままでそれぞれの地域における作業工数を「中型車・大型車標準作業時間参考資料」として、会発足年の12月に出版しました。

1986年(昭和61年)世界最新の技術・設備・工具を求めて、アメリカ・サンフランシスコ国際トラックショーとベイエリアの各工場視察の研修会を皮切りに、年1回の海外視察の研修会を重ねて参りました。パリ・エキュップオート展、オランダ・ドイツの整備工場や架装工場、ベンツトラック組立工場、フランクフルトのアウトメカニカ展、カナダのチャート社、イタリアのサイコ社、ハノーバーモーターショー等々、海外のトラック事業の事情を目の当たりにし、世界の設備や工具、塗装ブースなど工場経営の効率化などおおいに参考になり、大きな収穫がありました。1994年に行ったスカンジナビア研修では、スウェーデンのボルボ工場を見学し、それが縁で日本ボルボとのディーラー契約をした工場も数社ありました。

別の活動では、職能別研修会として、経営者・幹部社員・フロントマンを対象に、整備業の経営計画の立て方や受注の目標管理、過当競争に勝つためのコストダウンや作業時間管理、適正な整備料金や工場管理のあり方など、各社の経営近代化を推進してきました。そして現在に至るまでその活動は脈々と受け継がれており、工数委員会のあり方もその中で討議されました。

工数委員会では、会員の経験値による話し合いなどで標準作業時間を決めていましたが、排気ガス適合車や車両コントロールのコンピューター化、キャビンの大型化など車両の急速な変化に伴い、今までの経験値だけでは対処が難しくなってきていると感じ始めていました。

2017年より、柳沼ボデー工場の柳沼社長を委員長に迎え、全国の会員企業内の選ばれた精鋭で組織されました。今まで会員の経験値による話し合いで標準作業時間を決めていたものを、コンピューターを駆使し、日本工業規格 JISZ8141:2001をとりいれ、算定資料作りをするようになりました。具体的に基準を明確にするために、「日本工業規格JISZ8141:2001を基本として整備工場での各作業時間(部品ごとの主作業時間+準備時間)及び高所作業法令に基づく作業安全、難易度を考慮して算出し、事故車両の復元修理作業に要する工数を迅速かつ適切に算定する」を基本理念におきました。(詳細は参考資料のまえがきに記載)

いすゞGIGAの発刊からは、メーカーごとに名称やイラストがことなり、小型・中型・大型それぞれ電子装置の取り付け位置が異なり、さらに法規制により車両の環境対策や燃費の改善、追突軽減装置など安全装置が随所に設置され、1冊・同ページに小型・中型・大型の掲載イラストや取付位置の異なる4社を掲載することが困難になりました。今後更に電子化が加速度的に進化していく事に対応するため、小型・中型・大型を別のページに、メーカーごとにそれぞれ検討作成するようになりました。

車両は今後更に0エミッションの追求やCASEの実現に向けて進化をし続けます。我々全大協のメンバーは、設立理念に基づき「物流・運輸資源としての大型自動車を効率的に稼働させることにより、国内環境の保護と地域経済の活性化を担うため」、人員の育成・新技術の習得・必要な設備投資に向けて努力を重ね、変化し続けて参ります。

文責:鹿島旭自動車ボデー㈱ 原 秀雄(2021年3月)

海外視察研修旅行

全大協設立以来、会の行事の一つとして毎年1回の海外視察研修旅行を続けており、毎回10名前後の会員が参加し、新しい知識の導入とともに旅行を通じて会員相互の親睦も深めています。旅行先はアメリカ、ヨーロッパのトラックショー、自動車整備関係機器のショー見学を兼ねて、先進的な整備機器などを備えた工場などの視察を精力的なスケジュールで行っています。

  • 第1回 1986年4月20日〜27日 米国 サンフランシスコ国際トラックショーとベイエリアの各工場
  • 第2回 1987年10月18日〜28日 欧州 パリエキィップオート展とオランダ、ドイツの整備・架装工場視察・ベンツのトラック組み立て工場見学
  • 第3回 1989年7月9日〜16日 米国 アナハイム国際トラッキングショーと南カリフォルニアのトラック工場見学・サンディエゴ ミッチェル社とメキシコ視察
  • 第4回 1990年9月13日〜23日 欧州 フランクフルト アウトメカニカ展とスイス、ベルギー、イギリスの各工場見学
  • 第5回 1991年8月29日〜 カナダ バンクーバー、アルバータ、ウィニペグとトロント チャート社見学、マックトラック組み立てラインの見学
  • 第6回 1992年10月17日〜28日 欧州 イタリア各都市とアレッツォ サイコ社視察、ギリシャ訪問
  • 第7回 1993年11月29日〜12月6日 米国 ダラスNACEショーとAIRC国際会議出席、ダラス市のトラックディーラー訪問
  • 第8回 1994年7月1日〜11日 北欧3国とスウェーデン ボルボ社トラック組み立てライン見学
  • 第9回 1996年9月14日〜23日 ドイツ ハノーバーIAA国際商業車展視察とスペイン訪問